巨大なブラックホールの近くに塵と水分子 ウェッブ宇宙望遠鏡が観測した天の川銀河中心部
イメージ ウェッブ宇宙望遠鏡が、天の川銀河中心の超大質量ブラックホール「いて座A*」のすぐ近く、わずか0.55光年の距離にある老年星「IRS 3」を観測し、その周辺に塵と水分子が存在することを初めて確認した。過酷な放射線環境にさらされるブラックホール近傍でも、星から放出された物質が長期間にわたって存在しえることが示されたこととなる。
IRS 3はAGB星と呼ばれる段階にある星で、晩年を迎えた太陽のような星が膨張し、外層の物質を宇宙空間へ放出している状態にある。これまで科学者たちは、いて座A*の周辺が発する強い放射線によって、放出された物質がすぐに破壊されてしまうのではないか、つまり塵として残存しないのではないかと考えていた。しかしウェッブ宇宙望遠鏡による新たな観測は、この常識に修正を迫るものとなった。研究チームは波長4.9~27.9マイクロメートルに及ぶ中間赤外線スペクトラムを取得し、IRS 3を包むガスと塵のエンベロープ内にケイ酸塩鉱物からなる塵が存在すること、そして水分子の存在痕跡を確認した。さらに分析から、IRS 3は従来予想されていた炭素過剰星ではなく、酸素過剰星であることも判明している。
観測データから推定されるIRS 3の周辺構造は想像以上に複雑である。エンベロープは半径1万天文単位に及ぶ多層構造を持ち、中心部では約1200ケルビン、外縁部では約100ケルビンという大きな温度差が存在する。IRS 3は太陽の6倍の質量を持ち、毎年太陽の10万分の6に相当する物質を放出しており、現在の年齢は約7200万年と推定されている。つまり、ブラックホール直近という想像を絶する過酷環境の中でも、星は着実に物質を放出し、その塵は一定期間にわたって存在し得るということなのだ。
この観測結果が持つ意味は、宇宙環境での物質の挙動理解にある。長期にわたる放射線被曝という過酷な条件下でも、材料が一定の安定性を保ちうるという事例を示しているからだ。宇宙機器の設計や素材選定にあたって、エンジニアたちは常に極限環境での材料劣化を計算に入れなければならない。超高温、超低温、強い放射線、真空といった複合環境が機器や素材に及ぼす影響は、地上での試験だけでは完全には予測できない。今回のIRS 3の観測は、宇宙の実環境で素材がどの程度の耐久性を持つのか、その一つの事例を明らかにしたと考えられる。
日本の部品・素材メーカーにとって、このような天文学的な観測知見は直接的には役立たないかもしれない。しかし長期間の宇宙ミッションに向けた信頼性設計を進める際には、実宇宙での物質挙動に関する学術的知見が間接的に重要となる。ウェッブ宇宙望遠鏡に代表される観測技術の進展は、こうした基礎的な理解を積み重ねることで、次世代の宇宙ミッション設計に活かされていくと考えられる。
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出典:sorae




