『キャプテン・EO』公開40周年、マイケル・ジャクソンが出演したディズニーのSF映画
40年前の1986年9月12日、ウォルト・ディズニー・ワールドのエプコット・センターとディズニーランドで、マイケル・ジャクソン主演の17分間の3D SF映画「キャプテン・EO」が上映された。この映画は『スター・ウォーズ』の生みの親ジョージ・ルーカスがプロデューサーを務め、『ゴッドファーザー』で知られるフランシス・フォード・コッポラが監督した、当時としては異例のコラボレーション作品だった。テーマパーク内の限定施設でのみ公開されたこの作品は、その後数百万人のディズニーゲストに見られることになる。
制作は1985年夏に開始され、ルーカスが手がけるILMという特殊効果専門の部門が映像効果を担当した。制作費は当時の短編映画としては破格の約3000万ドルに上り、分単位での制作コストは映画業界においても記録的なレベルだった。この映画はミュージックビデオ形式の拡張版として制作され、用いた4D劇場技術は、70MM 3D映像プロセスに加えて、劇場内に照明、霧、煙、星場景、流星、LED レーザー効果を送出するシステムを組み合わせたものであり、当時の映像・映画技術の最先端を体現していた。当時としてはこのような統合的な視聴覚体験は極めて革新的だった。
こうした先進的な映像技術と4D劇場システムの実現には、単なるソフトウェア開発や映画製作の技術だけでは不可能だった。複雑な機械装置、光学系部品、LED・レーザー機器、フォグシステム、それらを統合・制御する電子系統など、多くの専門的な製造業の技術が組み合わさることが必要だった。テーマパークという限定された環境での先端的な実験場であれ、こうした設備を実現するには、精密機械製造、電子機器、光学部品など、ものづくりに携わる企業の高度な技術蓄積が前提となっていたと考えられる。
1994年のエプコット・センター終了を経て、ディズニーランドでは1997年まで上映が続き、2009年のマイケル・ジャクソンの死後には2010年から2015年にかけて復活した。この映画が遺したものは、マイケル・ジャクソンというアイコンの存在感だけではなく、当時の技術者たちが挑戦した、複雑で統合的な機械システムの設計・製造という実績であり、それはテーマパーク産業の発展と、そこを支えた製造業のネットワークの形成を象徴していると言えるだろう。エンタテインメント産業と製造業のコラボレーションが生み出した、当時としては「未来」の体験が、実はそれを可能にする緻密で高度なものづくりの上に成り立っていたという点は、日本の部品・装置メーカーにとっても、産業全体の進化の方向性を示す事例として無視できない。
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