1949年9月16日、米国のV-2ロケット爆発、搭乗の猿が犠牲に
1949年9月16日、米国がサルを搭乗させたV-2ロケットを打ち上げたが、打ち上げから数秒後に爆発して失敗に終わった。搭乗していたアルバートIIIは、宇宙飛行が人体に及ぼす影響を調べるための試験に投入されたサルの一頭であった。
米国が人間を宇宙へ送り出すより10年以上前の1940年代から、上層大気と宇宙線が生命体に及ぼす影響を理解しようとする試みが始まっていた。戦後、ドイツから鹵獲したV-2ロケットとフォン・ブラウンら科学者の知見を活用した米国は、プロジェクト・ブロッサムと呼ばれる試験計画を組織した。これはニューメキシコ州のホワイトサンズ・ミサイル・レンジからV-2ロケットを打ち上げるもので、5回の「生物学的飛行」が組まれ、ライト・パターソン空軍基地の航空医学研究所が監督を担当した。選ばれたサルたちは麻酔をかけられた上で、センサーと探針で生命兆候を常時監視されることになっていた。アルバートIIIはこの計画に選ばれたオナガザルであった。
アルバートIIIのロケットは打ち上げから10秒余りで爆発に至った。ロケットは打ち上げ直後、予想より低い速度で飛行していたとされ、10.7秒時点で尾部が爆発し、その後14秒時点に再度爆発した。この連続した爆発はアルコール燃料系統の漏洩に起因すると考えられている。到達した最大高度はわずか3マイルであった。アルバートIIIより先に打ち上げられたアルバート I は窒息により、アルバート II はパラシュートが開かないまま着陸して死亡していた。プロジェクト・ブロッサムの試験も困難が続き、計7回の試験のうち3回が失敗に終わった。初めて生き残ったのは1951年9月20日のアルバートVIで、新型のエアロビーロケットに乗り、11匹のネズミとともに亜軌道宇宙へ到達して帰還した。米国航空宇宙局(NASA)は1980年代にサルを用いた打ち上げ試験を中止している。
これらの試験は冒険心だけの企画ではなく、有人宇宙飛行実現に向けた必須段階であった。上層大気と宇宙線が生体に及ぼす影響、また重力環境の変化への人体の適応を明らかにすることなしに、人間を宇宙へ送り出すことは現実的に不可能だったのである。アルバートIIIの失敗からも、軍の科学者たちは設計上の改善点を導き出し、後続の試験に反映させた。こうした反復的な試験と改善のプロセスを通じて、ロケットと宇宙機器の信頼性が段階的に高められていった。この歴史的な試行錯誤は、今日の宇宙産業におけるサプライチェーンにも通じる教訓をもたらしている。部品メーカーやサプライヤーが実施する試験検証と品質保証の重要性、そして機器と部品が真の信頼性を獲得するにはひたすら試験と改善を繰り返す他に道がないという原則は、この時代から本質的に変わっていない。
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