欧州の宇宙コンピューティング格差が拡大と警告
欧州宇宙政策研究所(ESPI)が8月に発表したレポートは、宇宙空間上でデータ処理を行う「軌道計算」(衛星ベースのコンピューティング)の分野でヨーロッパが大きく遅れ、アメリカと中国の優位が確立されつつあることを警告した。軌道計算は衛星から地球観測データを取得した直後に処理する技術で、データ伝送量を減らし処理速度を高める利点がある。その実用化競争でヨーロッパの戦略的な対応が不足しているというのが報告書の主張である。
中国の動きは特に急速だ。ADA Spaceが立案した「Three-Body Constellation」は2025年5月に最初の12衛星を打ち上げ、ほぼ9ヶ月後には軌道上でのネットワーク、計算処理、モデルデプロイメント、ペイロード検証といった基本機能が実証された。計画ではこのネットワークは最終的に2,800衛星まで拡張される予定である。中国はこれにとどまらず、China Mobile、Comospace、Bailing Aerospace、Orbital Chenguang、Shanghai Xingshu Tiansuan Space Technology など複数の企業が軌道計算に参入し、特にShanghai Xingshuは1,000衛星規模のネットワーク展開を7月に開始している。中国の官民一体型の産業政策は、政策立案から実装まで包括的に進められており、北京市などの地域機関も関連技術の開発提案を募集する行動に出ている。これは中国が軌道計算を次世代の技術戦略の核と位置づけ、国内での高度な計算能力の自給と海外への輸出、そして業界全体の技術規格策定権の獲得を目指していることを示している。
これに対してアメリカでは、Starcloud と Cowboy Space が新興ユニコーン企業として共に10億ドルを超える評価を得るなど、商業ベースの投資が急速に進んでいる。一方ヨーロッパは、フランスの新興企業ALATYRによるロボット組立型の衛星ベースデータセンター計画など個別の技術開発は存在するものの、大規模配置戦略として統合されておらず、スケールの面で他地域に大きく及ばない。ヨーロッパは従来、地球観測と通信の研究開発に注力してきたが、軌道計算という新たな産業領域では対応の遅れが顕著である。
軌道計算の実用化は当初、地球観測で取得したデータを収集地点の近くで処理し、伝送するデータ量を削減して分析速度を高める用途から始まると見られている。SpaceXなど一部企業が構想する世界規模の分散計算ネットワークや大規模AI学習への適用は、10年以上先になると予想されている。それでも、この領域が次世代の産業として確定しようとしている中で、ヨーロッパの遅れは技術主権の喪失につながりかねない。ESPIはEU が軌道計算を技術主権の重要要素として認識し、政策・投資・規制を一体で推進することを求めており、2028〜2034年の研究プログラム下でのフラッグシップ事業立ち上げや、欧州宇宙機関による軌道計算への投資拡大、スタートアップ支援、国際的な標準・規制枠組みの構築といった具体策を提言している。
日本の部品・装置メーカーにとって、この動向は衛星のコンピュータシステムや小型化された処理装置への需要拡大の可能性を示唆している。軌道計算衛星は高度な計算処理を要求するため、耐放射線性能や小型化・省電力化を実現する電子部品や実装技術の競争が激化すると考えられる。中国の大規模プロジェクトやアメリカのベンチャーが調達先を多角化する中、日本の精密部品サプライヤーが参入の機会を持つ可能性がある。同時にヨーロッパの出遅れは、アメリカと中国のサプライチェーン寡占化を加速させる恐れがあり、その競争環境の変化に対応する戦略構築が必要である。
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