英サリー大学の研究チームが、衛星用太陽電池を現在主流のガリウム系(トリプルジャンクション)からシリコン系に置き換えることで、初期発電性能(BOL)ベースで電源コストを最大90%削減できるとする論文をActa Astronauticaに発表した。この転換が示すのは、宇宙用太陽電池のコスト構造が「特殊素材の性能競争」から「地上の量産技術をどう宇宙仕様に落とし込むか」という工学の勝負に移りつつあるということだ。日本の部品・装置メーカーにとっても、参入の切り口が変わりうる動きである。

何が起きたのか — シリコン回帰の中身

太陽電池は1958年から1977年まで、シリコンが衛星用の業界標準だった。1977年以降はガリウムヒ素系のセルが効率と放射線耐性で優位に立ち、以後はガリウム・インジウム・ゲルマニウムを重ねたトリプルジャンクションセルが標準の座を占めてきた。

しかし地上の太陽光発電市場でシリコンの技術は大きく進歩している。今回のレビューによれば、シリコンヘテロ接合セルは効率27.8%、ペロブスカイトとシリコンを重ねたタンデムセルは34.85%という記録効率に達しているという。地上市場で磨かれた技術が、宇宙用途に「逆輸入」できる水準に来たというのが今回の指摘の核心である。

なぜコストと重量が変わるのか

研究チームは、3U CubeSatの1面と、Surrey Satellite Technology Limited(SSTL)製の中型衛星の2つの形態でモデル化を行った。カバーガラスを含めた試算では、コスト削減幅は85%から90%に達したという。

比出力(重量あたりの発電量)でも差は大きい。シリコンヘテロ接合セルは1キログラムあたり920から1,000ワットを出せるのに対し、トリプルジャンクションセルは455から505ワットにとどまる。同じ発電量を得るなら、シリコンは半分の重量で済む計算になる。空いた重量は燃料や観測機器に回せるほか、打ち上げコストの抑制にもつながりうる。

一方でシリコンは単位面積あたりの発電量では劣る。BOL時点でおよそ28%少ないとされ、同じ出力を得るにはパネル面積を広げる必要がある。それでも、パネル構造の追加コストを含めて比較した場合でも、シリコンの方が大幅に安く収まるというのが研究チームの結論である。

見落とせないのが、コストの内訳である。宇宙用グレードのカバーガラスを含めると、コストの大半を占めるのはセルではなくガラスだという。研究者は「セル自体の放射線耐性を上げられれば、ガラスや基板を薄くでき、コストと重量を同時に削減できる」と述べている。これは、材料と加工の両面から宇宙用部品を扱う企業にとって示唆的な指摘であり、詳しくは宇宙で使える材料、使えない材料 — アウトガスと放射線という2つの壁でも扱っている論点と重なる。

項目 シリコン系 トリプルジャンクション系
代表的な記録効率 ヘテロ接合27.8%、タンデム34.85% 出典に具体的な記録効率の記載なし
コスト水準(ドル/W) トリプルジャンクションよりはるかに低い 250〜450
比出力(W/kg) 920〜1,000 455〜505
面積あたり発電量(BOL) トリプルジャンクション比で約28%少ない 基準
放射線耐性(同一ガラス厚) トリプルジャンクションより劣る 優位
コストの内訳 カバーガラスが支配的 ―

何が変わらないのか — 放射線とUVという壁

シリコンには弱点も残る。同じ厚さのカバーガラスで比較した場合、シリコンはトリプルジャンクションより放射線への耐性が低いとされる。また5年程度の運用を想定すると、性能の維持率でもトリプルジャンクションが優位とみられる。

もう一つの課題が紫外線(UV)である。研究チームは、むき出しのシリコンセルにとってUVが最も理解が進んでいないリスクだと指摘する。特に効率の高いヘテロ接合セルは、従来型のPERCセルよりもUVによる劣化が大きいという。しかもこれまでの試験の多くは地表に届く低エネルギーのUVAを使ったもので、宇宙空間に存在するより高エネルギーの真空紫外線での検証は不足しているとされる。

こうした課題に対し、研究チームは今後の検証項目として次を挙げている。

  • 宇宙で実際に受ける高エネルギーUVでの劣化試験
  • 実際の軌道を想定した温度変化のもとでの試験
  • 発電しながら放射線を受けた状態での耐性試験

なお、放射線で劣化したセルが自ら性能を回復する「リチウムドーピング」という手法は1966年に初めて報告されたが、その後は棚上げされてきた経緯がある。今回のレビューは、この古いアイデアも再検討の価値があると位置づけている。宇宙用部品の試験項目全般については宇宙用部品はどんな試験を受けるのか — 振動・熱真空・EMCの実務も参考になる。

日本の部品メーカーに何を意味するのか

背景には、打ち上げ機数の急増がある。年間の打ち上げ物体数は2010年の120件程度から、2024年には2,800件を超える規模に膨らんだという。衛星が「特別なもの」から「インフラ」に変わりつつある中で、電源コストと重量を下げる技術は、事業として成立させられる衛星の裾野を広げる可能性がある。この量産化の流れについては衛星コンステレーション時代 — 宇宙産業に「量産」の需要が生まれているで詳しく扱っている。

日本の部品・装置メーカーにとって、注目すべき点はいくつかある。

  • コストの主因がカバーガラスにあるという指摘は、精密ガラス加工やコーティング技術を持つ企業にとって参入の糸口になりうる
  • UVや放射線に関する試験項目の不足は、試験・評価サービスを提供できる企業にとっての機会になりうる
  • 地上の太陽電池量産ラインを宇宙仕様に転用する発想は、すでに量産技術を持つ製造業にとって親和性が高い

ただし、これらはいずれも「可能性がある」段階の話であり、現時点で日本企業の具体的な動きが報じられているわけではない点には注意が必要である。研究自体も、放射線耐性やUV耐性という宇宙用途特有の壁が残ることを明記しており、地上のシリコン技術がそのまま宇宙で通用するわけではない。

まとめ

  • サリー大学のレビューは、シリコン太陽電池が衛星電源コストをBOLベースで最大90%削減しうると示した
  • シリコンは1958年から1977年まで衛星用の標準だったが、その後トリプルジャンクションに置き換わった経緯がある
  • 比出力ではシリコン(920〜1,000W/kg)がトリプルジャンクション(455〜505W/kg)の約2倍に達する一方、面積あたり発電量は約28%劣る
  • コストの主因はセルではなくカバーガラスにあるとされ、ガラスや基板の薄型化が次の技術課題として浮かび上がっている
  • 放射線耐性やUV劣化という宇宙特有の壁は残っており、試験と材料改良の余地が日本の部品メーカーにとっての参入点になりうる

本記事は Phys.org の報道をもとに、編集部が製造業の視点から解説したものです。事実関係は出典をご確認ください。