これまでの宇宙機は「打ち上げて終わり」だった。燃料が尽きれば運用終了、故障すれば手の打ちようがない。数百億円の資産が、部品ひとつで使えなくなる世界である。
この前提を変えようとしているのが軌道上サービス(On-Orbit Servicing)だ。軌道上で衛星に近づき、燃料を補給し、点検し、修理し、あるいは寿命を終えた機体を除去する。
そしてこの領域は、日本の製造業にとって最も距離が近い新市場でもある。理由を含めて整理する。
なぜいま立ち上がってきたのか
背景には2つの事情がある。
① 軌道が混んできた
衛星コンステレーションの普及で、軌道上の物体数が急激に増えた。運用を終えた衛星や打ち上げ時の残骸——いわゆるスペースデブリ——との衝突リスクが、実務上無視できない水準になっている。
デブリは秒速数kmで飛んでいる。小さな破片でも運用中の衛星を破壊しうる。しかも衝突は新たなデブリを生むため、放置すると連鎖的に悪化する。この問題への対処が、国際的な課題として認識されるようになった。
② 衛星が高価すぎる
大型の通信・観測衛星は極めて高価である。燃料が尽きただけで捨てるのは、経済的に見て非合理だ。数年分の燃料を補給して運用を延ばせるなら、その価値は大きい。
つまり軌道上サービスは、環境問題への対処であると同時に、経済合理性のある事業として立ち上がってきている。
どんなサービスがあるか
主なものを整理する。
| サービス | 内容 | 技術的な中心 |
|---|---|---|
| デブリ除去 | 不要物を捕獲し、大気圏に落とす | 接近・捕獲機構 |
| 燃料補給 | 推進剤を軌道上で補給する | ドッキング・流体接続 |
| 寿命延長 | 別機体が結合し、推進を代行する | ドッキング機構 |
| 点検 | 接近して外観を撮影・診断する | 近傍航行・撮像 |
| 軌道上組立 | 部材を軌道上で組み立てる | ロボットアーム |
いずれにも共通する技術的な核が2つある。「近づく」と「掴む」である。
「近づく」と「掴む」が難しい理由
一見単純だが、宇宙ではこれが極めて難しい。
近づく(ランデブー・近傍運用)
対象と自機はどちらも秒速数kmで動いている。相対速度をほぼゼロにしながら、数十メートル、数メートル、そして接触の距離まで詰めていく。しかも失敗すれば衝突し、双方を破壊してデブリを増やす。
掴む(捕獲)
これがさらに難しい。多くのデブリは、掴まれることを想定して作られていない。取っ手もドッキング用の受け口もない。加えて、回転していることが多い。不規則に回転する物体に、宇宙空間で接触して確実に保持する——地上の産業用ロボットにはない要求である。
このため各社が、ロボットアーム、機械的なクランプ、磁気による捕獲、網やハープーンなど、さまざまな方式を試している。方式が固まっていない領域であり、それは同時に参入余地があるということでもある。
製造業にとって、なぜ距離が近いのか
ここが本記事の主題である。軌道上サービスに必要な技術は、宇宙特有のものより地上の機械技術に近い。
必要になる要素を挙げてみる。
- ロボットアームの関節・減速機・アクチュエータ
- クランプ・グリッパなどの把持機構
- ドッキング機構、機械的な結合部
- 流体の継手・バルブ・シール(燃料補給用)
- 展開機構、ヒンジ、ラッチ
- カメラ・センサの取り付け構造
- 地上での動作検証設備(微小重力を模擬する試験装置)
これらはいずれも、産業機械、ロボット、油圧・空圧機器、精密機構の分野で日本の製造業が長年扱ってきたものである。宇宙専用の知見がなくても、機構設計と精密加工の技術がそのまま効く。
特に次の点で、日本のものづくりと相性がよい。
① 機構部品の精度と信頼性
軌道上で一度きりの動作を確実に成功させる要求は、「動いて当たり前」を作り込んできた分野の得意領域である。
② 摺動・潤滑の技術
真空中では通常の潤滑剤が使えず、常識的な摺動設計が通用しない。特殊潤滑や固体潤滑、材料の組み合わせといった蓄積が効く領域である。
③ 地上試験装置
軌道上の動きを地上で検証するには、重力の影響を打ち消す試験設備が要る。エアベアリング定盤、吊り下げ式の重力補償装置、多自由度の運動模擬装置など、これらは完全に地上の機械技術である。詳しくは宇宙用部品はどんな試験を受けるのかを参照。
いま参入するとどうなるか
この市場の現状を正確に言えば、まだ立ち上がりの段階である。実証ミッションが進み、事業化の形が模索されている局面にある。
これは両面がある。
不利な面 — 発注量はまだ大きくない。すぐに量産の受注が来る領域ではない。
有利な面 — 技術方式が固まっていないため、後から入る余地が残っている。すでに調達網が固まった領域と違い、いま関わることで規格や設計に関与できる可能性がある。実証機の段階から入った企業が、事業化後の主要サプライヤーになる構図は十分あり得る。
短期の売上を狙う領域ではないが、中期的な位置取りとしては魅力があるというのが実態に近い。
動き出す順序
- 自社の機構技術を棚卸しする — 関節、把持、結合、シール、展開のどれに強みがあるか
- 真空・低温・放射線環境での成立性を確認する — 潤滑と材料が主な論点になる
- 地上試験装置の領域も視野に入れる — こちらの方が要求が現実的で入りやすい
- 軌道上サービスを手掛ける企業を企業データベースで把握する
- 実証段階から接触する — 詳しくは宇宙企業とどう出会うか
まとめ
- 軌道上サービスは、デブリ増加と衛星の高コストを背景に事業として立ち上がりつつある
- 技術の核は「近づく」と「掴む」。掴まれる想定のない物体を扱う点が特に難しい
- 必要なのはロボットアーム、把持機構、ドッキング、流体継手、展開機構——地上の機械技術に近い
- 真空中の摺動・潤滑と地上試験装置は、日本の製造業の得意領域と重なる
- まだ立ち上がり期であり、方式が固まっていない=参入余地がある
- 短期の売上ではなく中期の位置取りとして捉えるのが妥当
宇宙産業全体の中でこの領域がどこに位置するかは宇宙ビジネスの市場構造で扱っている。自社の機構技術が活きるかどうかのご相談はお問い合わせから承っている。
本記事は公開情報をもとに編集部が整理したものです。軌道上サービスは技術・制度とも発展途上の領域であり、状況は変化します。