アポロ計画の計算機システム開発を主導した科学者ハミルトン、90歳で逝去
アポロ計画の月面着陸を支えたコンピュータシステムのソフトウェア開発を率いたマーガレット・ハミルトン氏が、90歳で死去した。元の勤務先であるマサチューセッツ工科大学(MIT)が声明で明らかにしたもので、死去は9月30日とされている。NASAのトップであるジャレッド・アイザックマン氏もSNSで追悼の意を示しており、宇宙開発の関係者から哀悼の声が広がっている。
ハミルトン氏はインディアナ州で1936年に生まれ、数学を学んだ後、1959年に夫とともにボストンへ移った。同年からMITで教える立場につき、最初は気象学の分野で仕事をしていた。1965年、MITの研究所が「人を月に送る」ためのソフトウェア開発者を募集していたのに応じ、アポロ計画の最初のプログラマーとして加わった。同大学によれば、女性として初のプログラマーでもあった。1968年には司令・機械船チームのアシスタント・ディレクターを務め、アポロのソフトウェア開発には400人以上が携わるようになったという。2016年には、当時のオバマ大統領から大統領自由勲章を受けている。
ハミルトン氏の仕事が注目されるのは、ソフトウェアが「ブラックボックス」のように扱われ、工学分野としてまだ確立していなかった時代に、有人月面飛行を左右する複雑なコードを組織として作り上げた点にあると考えられる。2009年にMITの取材に語った「やり直しの機会はなかった」という言葉は、失敗が許されない宇宙機の開発で、ソフトウェアの品質がどれほど重く見られていたかをうかがわせる。彼女は後に130本を超える論文を発表し、自ら複数のソフトウェア企業も立ち上げた。その歩みは、この分野が個人の技術から産業へと広がっていく過程を示す例の一つと考えられる。
現在の宇宙産業では、ロケットや衛星の制御ソフトウェアが機体全体の安全性や信頼性を左右する要素になっており、その検証や変更管理はハードウェアと並ぶ重要な工程として扱われている。日本の製造業にとって、この追悼記事が直接の部品受注に結びつく話ではない。しかし、宇宙機向けの電子機器や筐体、試験装置を手がける企業にとっては、機体側のソフトウェア要求が試験条件や品質記録の厳しさとしてハードの仕様に波及してくる可能性がある。ソフトとハードの境界が曖昧になるほど、組み込み部分の変更履歴や検証データを一貫して残せるかどうかが、取引先からの信頼を左右すると考えられる。設計段階からそうした記録の要件を確認しておくことが、今後の受注に備える現実的な一歩になるだろう。
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出典:Phys.org / 自動翻訳のため訳文が不正確な場合があります



