On this day in space! Sept. 6, 1947: The US Navy launches 1st V-2 rocket at sea in ballistic missile test
1947年9月6日、米海軍の航空母艦から初めてロケットが発射された。ドイツが開発したV-2ロケットをUSSミッドウェイから打ち上げたオペレーション・サンディだ。実験は失敗に終わったが、この試みは艦船がロケット発射の浮遊式基地になり得ることを実証した記念碑的な一歩となった。
V-2は第二次世界大戦中にドイツの著名な航空宇宙技術者ヴェルナー・フォン・ブラウンが設計した世界初の長距離誘導弾道ミサイルだった。戦争が終わると、米軍はドイツの製造施設からV-2の部品一式を接収し、フォン・ブラウンを含むドイツの航空宇宙科学者たちを秘密裏にアメリカに移送した。この作戦は後にオペレーション・ペーパークリップと呼ばれることになる。米国に移送された科学者たちはニューメキシコ州のホワイトサンズ・ミサイル実験場でV-2の部品を組み立て、本格的な発射実験を開始した。オペレーション・サンディはバミューダ南方沖合での実施を計画。ミッドウェイから発射されたV-2は上昇過程で傾斜し始め、高度約4,600メートルに達してから地表に落下した。艦船からのロケット発射という新たな試みは、結果として失敗に終わったのだ。
ロケット技術は宇宙探査を可能にする存在として認識されることが多いが、その技術の根は軍事用途に深く根ざしている。V-2はその最たる例であり、元々は軍事兵器として設計されたものだった。米国がドイツの先端ロケット技術と科学者の確保に動いたのは、冷戦へと向かう国際情勢の中で、ミサイル技術の優位性が国防上極めて重要だったからである。サンディは成功こそしなかったものの、艦船搭載型ミサイルの実現可能性を示す概念実証となり、その後の米国ミサイル技術の発展へと直結していった。やがて海軍艦艇が標準的に弾道ミサイルを装備するようになり、さらに十年余りの後には軌道ロケットへと進化していくことになる。
こうしたロケット・ミサイル技術の歴史は、現代の宇宙産業にも深い影響を与え続けている。日本の部品メーカーや製造業もまた、衛星打ち上げロケットや宇宙ステーション関連装置など、多様な宇宙用途向けの部品・装置・素材の供給を担っている現状にある。1947年のV-2発射試験のような初期段階での試行錯誤と失敗が積み重ねられることで、後の成功が生まれることを踏まえるなら、日本の製造業の役割もまた、宇宙産業全体の発展を支える不可欠なリンクとして機能していると考えられる。
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Source:Space.com
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